朝鮮の南北分断を象徴する、北朝鮮との軍事境界線「板門店」

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どうも、haruki(@harukinmk)です。

 

北朝鮮がミサイルを発射する回数が多くなり、ニュースを見ると北朝鮮が話題に上がることが増えました。

 

そんな北朝鮮を唯一見れる場所が板門店です。

 

板門店は韓国と北朝鮮との軍事境界線にあります。

 

ここ板門店はツアーを申し込まないと行けない場所ですが、日本語ツアーもありますので、英語が不安な方でもツアーに申し込むことができます。

 

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配られたパンフレットより

韓国と北朝鮮軍事境界線を挟んで南北それぞれ2kmずつ、合計4kmにわたる地域を非武装地帯(DMZ)と言います。今回、非武装地帯を通り共同警備区域(JSA) に入りました。

 

【目次】

 

 

板門店と日本の関係

 

 

1980年から日本の植民地であった朝鮮半島は1945年8月15日に日本が降伏し、35年の植民地支配から解放されました。

 

その後、朝鮮半島の中央部を横切る北緯 3 8度線を境界線とし 、南側を米国 、北側をソ連の管轄地域とし、朝鮮半島に2つの国家が出来てしまいました。

 

しかし現在の軍事境界線は、その境界線ではなく、朝鮮戦争の後に作られました。

 

北朝鮮軍が1950年に北緯 3 8度線を越えて韓国に攻め込み、国連軍(アメリカ中心)や中国の兵が参戦して戦争は泥沼化しました。1953年に休戦協定が締結された時には 、開戦前とあまり変わらないところで軍事境界線が引かれました。

 

この朝鮮戦争のことを、日本の高校の教科書では、

 

アメリカ軍による膨大な物資とサービスの需要を生み出し、(略)日本経済復興の大きな要因となった。

 

と書いています。

 

つまり、日本が朝鮮半島を植民地としていたため、アメリカが朝鮮半島を管轄することになりました。

 

このことから現在も続く南北分断に日本も関わったことがわかりました。

 

さらに、朝鮮戦争のおかげで日本は復興していました。

 

 

板門店に入る前にサインをする 

 

板門店で起こった事件などについての映像を見終わってから、宣言書が配られました。

f:id:harukinmk:20171112165922j:image宣言書

 

一行目から重い内容が書かれていました。

 

1.板門店の共同警備区域への訪問は、敵性地域への立ち入りを意味し、敵の行動によっては危害をうける、又は死亡する可能性があります。

(略 )

また、事変・事件を予期することは出来ませんので国連軍、アメリカ合衆国及び大韓民国は訪問者の安全を保障することはできませんし、敵の行う行動に対し、責任を負うことはできません。

 

死亡する可能性がありますが、責任は負えません。と書かれた宣言書にサインをしてから、共同警備区域に入りました。

 

共同警備区域

f:id:harukinmk:20171106224828j:image 手前が韓国側、奥側が北朝鮮

 

ベルリンの壁よりも歴史は長い。しかし、ベルリンの壁のような高い壁ではなく、子どもでも行き来できるような壁があるだけでした。

 

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 北朝鮮側の扉を背にして守る韓国兵士。ヘルメットには韓国語で憲兵の意味のハングル文字が書いてある。

 

ここで警備できる人は高身長でなければならず、武道で黒帯を持っていなければならないそうです。

 

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会議が行われる場所。このテーブルの真ん中がちょうど軍事境界線上にあたる。

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北朝鮮の兵士

 

トランプ氏が来韓する数日前だったので、北朝鮮は挑発行動を控えていました。なので、兵士は一人だけ。その兵士も見学の途中で建物の中に入ってしまいました。

 

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韓国の兵士

 

韓国の兵士さん達はピリッとした雰囲気を出して案内されました。板門店に配属されているのは、兵役で来ている学生だったので、20代前半の人たちでした。案内が終わると笑顔で去って行きました。

 

 

韓国の若い人たちは、どう思ってるの?

 

 

韓国で出会った、日本に留学に来ている学生は北朝鮮の核保有についてこう話していました。

 


大体の韓国人は北朝鮮の核の問題とかについて、ほとんど無関心です。逆に日本に来て、日本人の方が韓国人より北朝鮮の核を警戒する社会を見て、少し驚きました。
毎日、ニュースで北朝鮮の核実験や挑発を報道していますが、皆、あまり気にしていないです。

 

 

 (避難訓練などは)何十年間かずっとやっていますが、市民はそんなに積極的に訓練に参加していないです。

 

逆に日本はつい最近から、北朝鮮がミサイル発射した時に、Jアラート(全国瞬時警報システム)が鳴るようになり、避難訓練なども実施されている。

 

JSAで亡命

2017年11月13日に北朝鮮の兵士が亡命しました。

 33年ぶりに板門店で銃が使われたとのことです。

 

www.youtube.com

 まとめ

北朝鮮と聞くと、危険。ミサイル。独裁政治。拉致。などマイナスなイメージばかりで、日本人が北朝鮮を肯定することはなかなか難しいとは思います。

 

 でも、肯定してみたら様々な矛盾に気づくと思います。

 

ぼくはミサイルや拉致、独裁政治に対しては肯定できません。でも、北朝鮮という国がそこにあり、人が住み生活している。それだけわかっていれば、いいと思うのです。

 

話は戻りますが、板門店のツアーの最後にガイドさんが言った、

 

「日本語で『平和ボケ』という言葉が羨ましいです。わたしは生まれてから、まだ一度も平和を感じたことがありません。」

 

この言葉が忘れられません。

 

 

 

それでは!